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ヒトは「紐づく」と、忘れられない。

2019.01.17 (木)

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■<1> 垰本泰隆の一日。
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【1月17日(木)】

<ダイジェスト>

新横浜から

午後の飛行機で

福岡へ。

快晴の関東地方から
到着した九州福岡は
曇り空の一日でした。

 

 

 

<時々刻々の記>

朝から11時前までは
お客さまの経営会議と
電話会議を各1件。

終えて新横浜より

羽田空港へ移動し
正午過ぎに到着。

意外と混んでる空港で
急ぎの電話とメールを済ませ
13時15分発の飛行機で

一路、福岡空港へ。

空港混雑による
上空待機を経て(笑)

15時半過ぎに到着。

搭乗中の留守電に
返事をしながら移動して
16時過ぎにクライアント先へ。

2時間ちょっと
打ち合わせとお仕事して
明後日の段取りを決めて

 

本日の業務は終了。

 

ホテルにチェックインして
自分の宿題をこなした後は
ご無沙汰していた「枉駕(おうが)」さんへ。

大将の木村さんに
昨年4月以来だけど
そんな気がしないね、なんて(汗)

 

ツッコミを受けつつ
楽しい会話をしながら食べて

呑んで一日終了。

久しぶりの福岡は
マチのアチコチが変化して
活気を感じたのでした。

 

 

 

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■<2>ヒトは「紐づく」と、忘れられない。
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各種メディアでも
報道されているとおり
24年前の1995年

 

1月17日は、あの
「阪神淡路大震災」が発生した日。

 

発生の当日の、あの
高速道路や新幹線の
高架橋がなぎ倒された映像は

 

余りにも衝撃的で
今でも記憶の片隅に残ってます。

 

その一方、各種のメディアでは
被災地でも震災を知らない世代が増え
風化が懸念されるとの論調もありました。

 

悲しいかな時の流れは止められず
ヒトの記憶が薄れることは
ある意味避けられないもの。

 

モチロン、風化させない
努力の継続は必要ですが。

 

凡人な私もイロンナことを
つい忘れてしまいますが(反省)

 

何故この件を今でも
強烈に覚えているかというと

 

とある自分の
「利害(大袈裟)」に
直結していたから。

 

当時大学卒業を控えていた私は
卒業旅行と銘打って

 

バイトで貯めた
なけなしの金をはたき

 

大阪と札幌を結んでいた
寝台列車のプラチナチケットを
苦労の末に入手して

 

それに乗るがためだけに(笑)
震災の前日に
札幌に前入りしていたらです(爆)。

 

その後の顛末は語りませんが(泣)。
 

まあ、何が
言いたいかと言いますと
 

ヒトは誰しも
 何らかしらの「自分ゴト」に

 

紐づけられているものが
 忘れ難いということです。

 

私の事例は実にチープですが(汗)。

 

そう考えますと
ビジネスにおける
  情報発信や宣伝など

 

繰り返し、手を変え品を変えも
確かに大事なアクションですが

 

これにもう一つ
受け止める側がどうご自分に

 

「紐づけてくれるか」

 

ってコトも考えて
 手を打たないとね。

 

口で言うほど容易くないし
それこそ千差万別の答えが

 

有るとは思いますが
メゲズニ常に考え続けたいですね。

 

 

当時、被災された皆さまに
改めてお見舞いを申し上げます。

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