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■<1> 垰本泰隆の一日。
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【9月1日(土)】

<ダイジェスト>

終日、東京都内。

 

約30年ぶりに降り立った東中野の地で

懐かしき仲間や
恩師・諸先輩と時間を忘れ
心から楽しんだ一日でした。

 

 

 

<時々刻々の記>

雨が降ったり止んだりで
パッとしない天気の東京。

 

昼過ぎまで自宅で静養し
明日の打ち合わせに備えて
スカイプの接続試験をしてから

 

15時過ぎに自宅を出発。

電車を

乗り継いで向かったのは

約30年ぶりに降り立つ、東中野。

駅至近にある
「west53rd 日本閣」へ。

受付と同時に

続々と参集された
皆さま総勢、約100名。

 

17時より
「立教新座高等学校ボート部」

「野村博英先生感謝の会」

が盛大に開会。

恩師であり、本日の主賓である
野村先生を筆頭に

懐かしい諸先輩、後輩諸氏
そして同期と共に

時を忘れ、風邪を忘れ(爆)
楽しいひと時を全力投球で!

 

感謝の会は
第一応援歌「行け立教健児」で

https://www.facebook.com/yasutaka.taomoto/videos/1926166624114673/

大盛り上がりで幕を閉じ

 

当然の如く(笑)二次会へ突入。

楽しい時間はあっという間に過ぎ
二次会の〆は、校歌「栄光の立教」で!

https://www.facebook.com/yasutaka.taomoto/videos/1926302310767771/

 

名残惜しくも
22時に過ぎに散会し
同期のN君と共に

 

途中まで電車で移動し
再会を約して別れ
23時半過ぎ、無事帰宅。

 

野村先生、43年間の長きに渡り
監督を務められ、
本当にお疲れ様でございました。

そして本当に有難うございました!

 

幹事の皆さん、ご参集の皆さん
お世話になりました!
有難うございました!

 

野村先生を始め
皆さんの益々のご健勝と
ご健康を心よりお祈り申し上げます!

 

 

 

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■<2>圧巻!「43年間」の航跡。そして感謝。
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今を遡ること約30年前の高校時代。

 

今じゃ、見る影もございませんが(汗)
一応?小生、ボート部員でした(爆)。

 

運動音痴で基礎体力もなく
合宿中に救急車で搬送されてと・・・・・

 

迷惑かけっぱなしで
お世話になりっ放しでした・・・・・

 

今も昔もオーラ満点で
亡き親父に負けず劣らず?怖かった
恩師であり、ボート部監督の野村博英先生。

 

本年3月に、43年間の長きに渡り
高校で教鞭を執られるとともに
ボート部の監督を務められていましたが

 

本年3月に定年でご退官されました。

 

43年前といえば、私は3歳。

 

そんな話はどうでもよくて(笑)

 

43年間、ボート部の活動を
ずっと支えてこられたという

 

「事実」を今回、初めて知り
ただただ「圧巻」と
「敬服」の思いです。

 

学校を卒業して企業や組織に入り
ずっと同じところにいれば
40年前後の時間を

 

同じ「企業」や「組織」で
過ごすことはできますが

 

「一つの物事」を
ずっとやり続けることって

 

転勤やら異動やらがあるので
普通はまず、不可能でしょう。

 

そう、勝手ながら
何かに似ているなと思ったら
「この道一筋●●年」の職人さん。

 

そしてその存在は時に

ヒトに感動を与え、魅了します。

 

かけがえのない存在感を放って。

 

これこそ正に

時代背景や世相が変わっても

存在感を放ち続けられる秘訣。

 

出会った時には今の私より
お若かった(驚)大恩人の
43年間の「偉業」と「航跡」を見て

 

艱難辛苦あろうとも
折れずにメゲズニ
「やり続けるコト」を

 

改めて誓ったのでありました。

 

野村先生、本当に有難うございました。

 

どうかこれからも末永くお元気で。

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